留学には様々なものがある

心がけ次第で、緊張感や臨場感というものは

自分で演出できるものではないか。

そう思う。

たとえば、わざわざ英語力のない人が留学をするよりも

国内で英会話カフェに通い、しっかりとした志や意識付けを

もって学んだほうが、よっぽど効果があるのでは。

そんな風に思ったりする。

近頃はアメリカへの留学よりも費用が約2分の1で済むという

オーストラリアやフィリピンへの留学が人気らしい。

でも、まったく英語を話せない状態でいったとして

はたして本当に効果があるのかどうか。

語学留学から一流大学への入学をするやりかたまで

留学には様々なものがある。

前者は英語が話せなくても受け入れてもらえるものの

日本へ帰るまでの、数ヶ月程度の期間で

コトバを身につけられるというケースは稀だろう。

子供であればまだしも、英語力がまったくない状態の大人だと

苦痛を味わうことになるという。

目標として見据える

英会話カフェや英会話教室。

同じ学ぶのでも、目標をもって勉強しようというのと

一方、そうでないのでは結果の出方は明らかに差がでる。

むしろ目標が曖昧なままでは存続すらあやうい。

そういう意識付けから行っていくことはとても大事なんじゃないかと思う。

たとえば、他国語というのは就職時、習得しておくと有利だったりする。

とくに英語。

就職先や業種によってももちろん違いはでてくるだろうけども

英会話とは無縁のところでなければ、確実に役に立つ。

「外資系企業」
「航空会社」
「海外勤務」

とかではむしろできなくてはならない。。

基準の例として、TOEIC650点以上だったり英検2級以上等だったり。

でも基本的に大手企業っていうのは英語関係の資格を持っていると

有利な傾向にあるみたい。

だからそこを目標として見据えるだけでも大分違うのでは。

読み書きについては非常に優れているという印象

本当に「英語を話したい」と思ったら

自主的に英会話カフェや英会話教室とかに通って

「話す英語」を学んでいかないくてはダメではないか。

そんな懸念は随分前からあったこと。

『受験』の為の勉強。

学生のうちに学ぶ語学はそういうモノだろう。

それに特化した学び方をし、試験を受けるワケだから

当然といえば当然だ。

たとえ10年間学生中勉強をしても話せるようになっている人なんてほぼいない。

そんな話しは海外でも有名になっているらしい。

が、しかし。

読み書きについては非常に優れているという印象を与えているようだ。

このところ、日本の入学試験でもリスニングテストが組み込まれ

随所で読み書きオンリーにならないような工夫がみられるような気がするも

やっぱりライティングがメインになっていることは事実。

最近はリスニングテストのレベルも少しずつ上がってきているようだけども。

「本気の人」

学生の頃は勉強したくない分野も

必須科目としては勉強しなくてはならないのが道理。

例えば英語。

学ばなくて済むようになった卒業後は

自主性が問われる。

つまり本来なら英会話カフェや英会話教室といったところは

高みを目指そうとする人間の集まる場所ではないのかと思える。

実際はそうでないとする人もたくさんいるのが事実なものの。

相対的に「本気の人」は多いのでは。

やっぱり自分から学ぼうとする意欲がなくては

物事とは見につかないものだろう。

実際に学生英語の時点で英語で会話ができるようになってしまう人などいないだろう。

なぜなら「試験」の為の勉強であって

話すための英語ではないからだということは容易にわかる。

英語を話す心がけ

やっぱり英会話もせっかく身についたって

しばらく話さなければ、また話せなくなってしまうもの。

けっこう外国人の芸能人とかも

しばらく日本で暮らしていて、いざ母国語を話そうとすると

なかなか言葉がでてこなかったりとか。

夫や妻、彼氏彼女が英語を話す人とかだと

常に話せる機会があっていいかもね(笑)

じゃなくても英会話カフェとかに通えば十分な気もするけど。

維持するということに少し工夫をかけなくてはならないということ。

それはどんなことでもおなじだけども

英会話なら少しでも良いから英語を話す心がけをもつ。

スピーキング・リスニングの機会を増やす。

人間は機械じゃないから、一度覚えたことは

時間が経てば忘れてしまう。

それを如何に防ぐかどうか。

「講師が外国人!」

英会話って

実際、教えてもらうよりも自分から積極的に学んでいった方が

早いんじゃないだろうか?

なんていう考えを持つ人だっているだろう。

友人はそんな考えをもって

英会話カフェに通ったりしている。

信念や考えを持っての行動。

すばらしいと思う。そういうのは好きだ。

ぜんぜんアリなんじゃないかと思う。

よく聞く話し。

「講師が外国人!」

果たしてコレは本当にいいことなのか。

たしかに間違いなくネイティブな英語を話すだろう。

だがしかし、それと教える技術があることとは

全くもって別のお話しだろうということに意外と気づかない。

そこは比例するところではない。

落とし穴になっていないか考えてみるかな。

共通点

英会話を途中で半端に辞めてしまう人っていうのは

特に明確な目的がなくて

英語を話せるとカッコイイ!とかだったり

できるようになっておけばとりあえず後々役に立つかな?とか

そんなあいまいなところを考えていることがほとんどではないかなと。

逆にしっかりと身につけて終わらせる人の共通点としては

英会話をマスターしなければならないという明確な目的がハッキリしている。

例えば、半年後に海外勤務が決まっている。とか

就職の為に半年後のTOEICで700点以上取らないといけない。などなど

同期で始めた人がほとんど1年後にはいないとか

しかもそれが中途半端な状態でいなくなるっていうのが兎角多い。

でもそうじゃなくて、

本当に英語を話すのが好きなんだなっていう層が

英会話カフェ』とかで見かけたりする。

それはそれでなんだか心温まる(笑)

日本人の癖。

日本人の癖。

それは横文字を見ると、自然にローマ字読みをしてしまうということ。

英会話において・・・これは発音をよくしようとする努力にたいして

とても障害になっているらしい。

音声だけの場合なら問題はないけど、テキストを読んだりっていう

練習の時は、読み方が解らなければ

自然にローマ字読みになってしまうから

その間違った読み方を更にインプットしてしまうという悪循環。

まぁ英会話カフェとかだったら

話すことがメインだから心配はないだろうけども。

世界的に英語のレベルが低いといわれている

日本人の発音レベルを少しでも向上させるためには、根本的な原因を理解していく。

それがなによりも近道ではないだろうかと思ったりする。

己を知らなければ、目の前の敵には勝てない。

ということか。

「書く」ことが試験のメインな日本

日本人の学生英語って

学習方法的に「話せるようになることに特化したもの」とは到底思えない。

考えてみると、基本的に「書く」ことが試験のメインだから

どうしても発声することがおろそかだ。

いつも満点とかを取ってた英語を海外留学とかしてみて

話そうとしてみても、ほとんど話せなかったりするワケで。

生活水準・教育水準が世界最高水準の日本は英会話に関しては

世界最低のレベルなのだそうだとか。

その原因についてはさまざまな理由が挙げられているけども

このまま同じような方法でどんなに勉強したって

日本人は英語を話せるようになっていかないという。

たとえば、英会話カフェ

ああいう自主的に喋れるようなところ。

ちゃんと話すことを考えた環境なのだということがわかる。

やっぱり環境っていうのはものすごく大切なことだから

選ぶのもしっかりとしないとだね。

アクティブになりやすい環境

本来、英語を話したいと思って集まってきている場が

教室だったりとかっていうコトだと思うんだけど

その気持ちを上手く活かせる場かというと難しいのも事実かと。

それなら自由に英会話カフェとかで雑談するのはつよい。

な話せるようになりたい人が集まってるなら

アクティブになりやすい環境のはずだし、なるべき。

まず話せるようになることに大事なのは

「口の形や舌の位置があーでこーで・・・」とかよりも

まずは恥ずかしいという感情を拭いさることじゃないかと思う。

この感情を植えつけられるのは学生時代。

実は大人になっても抜けていなかったりする。

もうホント、まさにここからじゃないかと思ったりする。

だからこの間のお酒を飲んで英語を話すっていうのも

まんざらうさんくさいこともないんじゃないか。

ということに繋がってくるね(笑)